文学と語学

読了。久しぶりに文学の本質、真の語学力とは何か、翻訳の意味など、文学的なものを読んだ。二人のバックグランドが異なるものの、根底にある考え方などが一致しているのも興味深い。また、フランス文学の世界は英文学とは異なる発展をしていることも新たな発見であった。

語学力についていは、

  • 斎藤 …しかし、実際に向こうに行けばわかるけど、ただ日常的なことが話せるだけでは、高尚な議論はまったくできない。つまり、いまの日本人があこがれているような語学力ではまったく相手にされない。つまり、野崎さんが最初にエールフランスに乗ってファさんに気に入れられてずっと話して、まあ話が通じたということもすごいし、それだけ話をしてくれて住所まで教えてくれたというのはそれだけ中身のあることを言っているから、やっぱり尊敬されるわけですよね。おそらく向こうの人も相当教養の高い人なんだろうと思うけれども、ある程度以上になるときちんとした文学なり、哲学なりそういうものを通じて修めた外国語というのはちゃんと尊敬されてしかるべきだと。そういうところは私自身も経験しているんだけどね。(p.19)

所謂、コミュニケーション重視の英語教育に対する斎藤氏の意見の部分だが、自分自身が忘れかけたことを思い出させてくれた部分だ。NZでも通じるだけなら、何とかなる。ただ、真に言いたいこと、深い教育問題まで論じるとなると、しっかりとした読解によるバックグランドがなければならないのではないかと痛感した。

この夏、授業の進め方を含めて何を身につけさせるのか、もう一度考えてみようと思う。